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Eurythmy オイリュトミー


オイリュトミーとは

 オイリュトミーはギリシャ語源の名前で、調和ある美しいリズムのことです。すべて生きて育つものは動いています。いのちの動きはリズムに貫かれ、それ自体としても、全体としても調和しています。

 オイリュトミー芸術は体の動きを言葉・歌と新しく結びつけ、そこにいのちのリズムを吹き込む運動芸術です。20世紀の初めに、人智学の創始者、ルドルフ・シュタイナーによって基礎づけられました。

 教育芸術としてのオイリュトミーは、心身の調和、知情意の調和をめざすシュタイナー教育の中で、最初のシュタイナー学校創設時(1919年)から12年間の教育課程における必須科目です。また、幼児教育の分野でも小さな子どもの体つくりと感覚の発達のための、大切な役割を受け持っています。

オイリュトミーの動きの独自性

 オイリュトミーでは、言葉と音楽の根底には動きがある、ととらえられます。声になって発せられる言葉・歌とは、いのちの形成する動きが、発声器官を通って声に変容したものなのです。

 本来、同じ源から発する体の動きと言葉・歌は、幼い子ども時代には無意識的に結びついていますが、大人になると共に、特に近現代では、体は体自体の動きとして、そして言葉・音楽もまたそれ自体として分化していきます。現代、動きと言葉は、分離し過ぎてしまい、そのことが体と心の乖離、ひいては人と世界との不調和を引き起こしています。

 動きの源泉を身体性でなく、言葉と歌に求めるのが、オイリュトミーのユニークなところです。オイリュトミーの特性である、広く周囲に広がっていく空間感覚、外の世界と人の内面の調和、重さから解き放たれた軽やかさは、そこから生まれてきます。



言舞(コトマイ)

「古より今にいたるまで習ひ伝へたるうたあり・・・
皆これ天地を動かし、荒ぶる神をなごめ、国ををさめ、
民をめぐむよたたて(手だて)とす。(梁塵秘抄口伝集巻一より)

 そんなうたを、幼い日から体と心の奥でずっと聞いていたような気がします。天地を動かすうたは、母の胎内でも、そして宇宙という大きな故郷でも響いていたのかもしれません。

 日本の芸能の四本の柱は、うたう、かたる、まう、おどる。一連の芸能のみなもとは、「うた」だったそうです。

 うたは折に触れて、体から溢れ出る動きになりました。野を渡る風を受けるとき、海の浪打ち際に立つとき、あるいは祭り太鼓に誘われて。幼い日、祭りのお囃子が聞こえてくると、私は行方不明になりました。母が探していると、近所の人が「りえこちゃんが、やぐらの所で踊ってるわよ!」と教えてくれたそうです。本人は全くおぼえていません。

 何かにつけて自然に舞い踊っていた子ども時代を過ぎて、これと思う舞踊に出会わないまま、舞を忘れたカナリヤになりかけていた20代初め、「オイリュトミー(ギリシャ語源で調和のリズムの意)」という動きの芸術を知りました。名前を聞いて程なくしてその舞台を見ました。1981年、日本で初めて行われたドイツから来日した舞台グループによる公演でした。

 あのうたが、新しい意識に照らされて、目の前で息づいているのがわかりました。

 こうして歩み始めたオイリュトミーの道は、これまでしたことのないような体験に満ちていました。オイリュトミーは、人生の困難をなごめ、いつも私を先へ進ませました。

 シュタイナー学校づくり、子どもたちとのオイリュトミー、そして舞台。ひたすら歩み続けて20年を過ぎる頃から、私は、オイリュトミーの分野以外の、様々な音楽、舞踊の方と出会うようになりました。不思議に、天と地を結ぶ時空を動き、奏でようという共通する思いを抱く人たちでした。続く出会いを通して、日本の言の葉と音の響きを動く新しい舞が、私の中から生まれてきました。舞の場は、ホールから出て、神社、お寺、古民家、時にはカフェのベランダへも。

 この動きに「言舞~コトマイ」という名前が付いたのは、2009年6月に京都で共演させていただいた素敵なダンサー、山田レイさんの演出助手をしている山本泉さんという方が、私の説明を聞き、公演のタイトルとしてぽっとつぶやくように言ったひとことからです。

 言舞は、私にとって、オイリュトミーがより、私の身と日本の言葉と結びつく道の一つであり、幼い日のあのうたを舞う行為なのです。

 現代という時代に会って、日本の言葉を舞う行為は、日本の土壌に根ざしながら、国の堺を越えた地球へのまなざしに支えられたものにならねばならないでしょう。

 地球神楽へのはるかな道をめざして、導かれるままに、これからも旅が続きます。



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